絵描きパラダイムシフト

ここ数年は絵を描く人にとって「意識」や「目標(夢)」や「立ち位置」や「ビジネススタイル」を変えるような大きな『パラダイムシフト』が日本で起こっていると感じる。もちろん様々な分野で連鎖的に起こっていることだし、またそれは変化をし続けている最中だが、自分の頭の中を整理する意味で一度まとめたいと思いこちらに書きます。


広告が激変

およそsnsやyoutubeが主流になる以前は、デザイン的に優れたグラフィックやイラストや写真は有名芸能人と肩を並べるくらい力があったし、多くの制作費が注ぎ込まれた。

それがここ20年くらいで徐々に起こっているオールドメディアの衰退とインターネットの隆盛により、デザイン的に優れているビジュアルに制作費がでるのではなく、ターゲティング広告にその広告宣伝費が流れている。

つまり、クライアントは「キャッチーなビジュアルで不特定多数の人にアプローチする」のではなく、商品を興味がありそうなその人にダイレクトに広告を出せるようになったのだから、ただわかりやすいバナーや動画を作ればよく、お金の掛け先はどのくらいの規模でターゲットにインターネット上で広告を出しリーチするかになってきている。お金をかければかけるほど興味のある多くの人にリーチできる。

つまり、クリエイティブなところに流れていたお金はバナー広告の会社や大手プラットフォーム(youtube,meta,x...)に流れたのだ。

芸能事務所やへアメイク、フォトグラファーなどの職業が衰退しているのと同様にデザイナーや絵を描く人も衰退することとなる。

絵描く人は出版やテレビ番組などの案件を自分のプロモーションと思い安い金額でやり、最終的には広告の案件を手にいれることを念頭に活動していたと思う。つまりその職業のゴールは、あるいは勝利は、多くの場合広告案件にこそあったと思うし、むしろ広告なしで一般的サラリーを年齢相応に得ることは難しく、標準的生活が困難なので社会的に「職業」というものとして機能しないとも言える。(絵だけを売って食べている人がほぼ皆無という前提の話)



インフルエンサーとしての役割へ

広告システムが激変したことにより、ネガティブなことばかりでもない、snsによって絵を描く人は自分で自分のメディアを持つことができるようになりインフルエンサーとして宣伝をたのまれること増えてきている。

しかしその場合、よりフォロワーが多い人が選ばれる。つまり、審美眼的に学びや経験がある優れた人(編集者やキュレーターやアートディレクター)が選んだ作家ではなく、それとは真逆の一般的な大多数の人が選んだ作家が選ばれる。(これは深いカルチャーの衰退を招くと言っても過言ではない。実に恐ろしいことだと思う。)

あるいは多くのフォロワーを持っている人が数人選ばれる。一つの広告案件に対して、これまでは一人で制作費を総取りだったものが10人なら一人の取り分は1/10ということになる。クライアントが払っている制作費は一緒だが、一人の絵を描く人のギャラは激減すると言える。


アートバブル崩壊

これまでの広告システムが徐々に衰退していく中、救世主的に現れたものがアートブームだ。これまで第一線で活躍していたイラストレーターたちが一斉にそちらに舵を切ったのがおよそ4,5年前くらいからだろうか。デジタルで描いていたものをキャンバスに落とし込むことは彼らにとって意外と容易だったように思われる。数十名の第一線のイラストレーターやグラフィックアーティストやアートとイラストの間で活動していた人たちが大きく金銭的に飛躍したと言えよう。

しかし、それも2024年一気に崩壊した。崩壊と言っても4,5年前に戻ったわけではなく、4、5年前と比べればはるかに一点もの絵を家に飾る人は増えたが、自分の購入した絵がオークションでどんどん価格が上がっていくなどということはなかなか珍しくなったというくらいの崩壊だ。投資家が投資対象としてアートは魅力的じゃなくなってしまった考え始めたと言えるだろう。


国力の低下

少子高齢化や人口減少、中間層の減少などなど、日本国内でイラストでもアートでもマーケットとして魅力的ではなくなってきた。企業でもギャラリーでも人口の少ない日本人に商品を買ってもらっても大きくは儲からない。宣伝にそんなにお金をかけられないから広告が減少する。

しかしアートマーケットは香港や韓国のリードがそれほどではなくなりつつあるのでは?と、さらには中国富裕層が東京に移住してきているなどの理由から、まだ東京はましなのではという一面もある。(この部分は僕は現場に出向いていないので完全に机上の空論である。)


インバウンド需要

ここまではほぼネガティブなことばかりだったが、ポジティブなこともある。それが日本への旅行客の増加、つまりインバウンド需要だ。

お土産レベルのものがグッズから作品まで飛ぶように売れるようなったといえよう。絵を描く人はこれまで展覧会やアートフェスのようなところで小さく販売するためにマーチャンダイジングも独自にやってきた知見がある。このインバウンドお土産ビジネスにおいて、東京には多くのショップが新たにでき、そこでの取り扱いが一気に花開いたといえよう。それは数百円〜数千円のステッカーやらマグカップなどにとどまらず、壁にかかっている絵も持って帰れるサイズなら、数万円のものが次々に売れ始めている。それはホテル業界でのアートへ関わり方を見ても顕著だ。


海外から注目

僕は年に一度は海外からゲストとして招待される。上海、チェコ、LA、ルーマニア、インドネシア。戦争などで行けなくなったが、イスラエルやリトアニアにも行く予定だった。2025年はパリと台湾にも呼ばれている。これはもちろん僕だけ特別というわけではない。アニメ漫画、ゲームの世界的ブームのおかげで日本人の絵を描く人に注目が集まっている。知り合いは毎年数カ国でイベントに出席している。

世界を見に行くという面でもタダで旅行できるという面でも美味しい依頼だが、グッズを販売したりドローイングイベントやトークショーをやれば儲かることも十分に考えられる。

しかし、それもそんなに長くつづくのだろうか?という懸念も、各国に行ってみて実感として思う。それは現地の若い人たちが、日本のカルチャーの影響を受けた若い人たちが、素晴らしいクオリティーでいいものを作り始めているからだ。危機感を持たずにはいれれないと感じる。


二極化

お金持ちと貧乏人の差が開きすぎている。それにともない、絵描きたちはどちらにアピールするのかを、どちらを活動フィールドに選ぶかをきめないといけないかもしれない。

それは作品の価格設定に始まり、同業でもお付き合いする人の選別にも影響を与える。極端なはなし、自分の価値を下げるようなダサい人とは繋がっていることを悟られたくないなど。

アートマーケットでお金持ち相手に数十万、数百万円の作品を売るのか?低迷しけどまだ確実に人気のある出版で安いギャラの挿絵を描くか?それらは大きく違う。どちらもやってますよって人は流石に聞いたことがない。金額があまりにも違いすぎる。


オタク絵、そして AI

ここまで読んで頂けた人は富裕層に向けたアート制作が一番儲かるようなふうに思っただろうが、実は一番儲かっていると聞いているのはオタク絵だ。オタク絵という言い方があっているのかわからないが、具体的には絵師さんと呼ばれる作家さんたちが描くアニメ漫画的なイラストのことである。(呼び方に悪気はない、今や見た目でジャンルの定義し難いので)

特にソーシャルゲームのカードイラストの絵師さんは桁違いに儲かっていると聞く。

日本のみならず、世界的ムードとしても若い世代は特にオタク絵の享受する。広告イラストレーションもアートすらもそちらに移行してきていると言える。いや、既にそちらの方が隆盛かもしれない。

しかし、高度な技術を要するが際立った個性がないオタク絵はAIにとって変わられる可能性も高い。今後かなり近い未来に答えがでるだろうと思われる。(別にそれを望んでいるわけではない。)


インボイス制度

2023年10月から始まったこの制度によって、かなりのフリーランスで絵を描く人が家計的においしくない状況になっている。これまでギリギリ続けてきた人も続けられなくなる人もでてくるだろう。そいう人は百歩譲って仕方がないが、若い人が絵を描く職業にチャレンジできなくなる恐れにはならないだろうかと案ずる。

しかし近年は副業という選択肢もある。

以前は日本のどの企業も副業を許していなかったが、今はしっかり労働者に与えられた権利という周知の事実、副業でイラストレーターまたはアーティストを目指すのが正解だと特に感じる。

というのも絵を描くという仕事はいくら世間が羨む大ブレイクを果たしたとしても、長くは続かないからだ、人生はそんなに短くはなく、働かなければいけない期間というのは実に長いから。絵を描くということ以外に1つや2つできることがあった方がいいし、会社に所属しておいた方がよいことも盛り沢山だ。インボイス制度導入をきっかけに諦めるのももしかしたら長い労働人生において良いきっかけなのかもしれない。

もし、この時代に僕も20代だったら、新卒で入ったONとOFFのはっきりとしていたメーカー勤めを辞めていなかったと心から思う。


多くの人がクリエイティブになる未来

既に世界的に始まっているが、多くの人が自己実現のために何かを作り始めている、描き始めている。インターネットさえ繋がっていて、素晴らしい作品を作れれば、誰でもシンデレラストーリーを体現できる土俵が揃っている。ドリームがあるだからそこに情熱が生まれた。そんな中、次から次に表現が生まれてきている。供給過剰で、需要はそんなにない。ありとあらゆる表現がもう既にある。

そんな中どのようなモチベーションでプロとして制作を続けていけばいいのかが問題になってくるだろう。「もう既にある、先人は超えられない、歴史に名前が残るとか皆無、美術館の倉庫には日の目を見ることのない先人の作品がぎっしり、ではなぜ絵を描く?モチベーションはどこへ?」

僕はこのsnsによって一つになってしまったマクロ世界は一度終わり、ジャンルやカテゴリーや地域の突破られシームレスになった壁が、違う枠組みで再建され、小さいミクロコミュニティーができ、小さいマーケットで小さいスターやリーダーがいる、そんな町内会みたいなことが大事にされ始める気がしている。そのため作家はより深く自分を知ってもらうため自分のできるだけ多くの角度を披露していかなければならないだろう。つまり絵を描く人もポッドキャストをやりyoutubeをやり、リアルイベントをやり、スポーツ選手や芸能人のように推しに選ばれていかなければならい。


最後にアートは今後

それでも唯一、我々絵描きが社会的ブレイクを成し遂げることができる救いとも言えるアートバブル崩壊以後のアートマーケットだが、以前と比べたら少ないが未だ取引があるマーケットのその理由はというと、「もし台湾有事があったらという中華圏の人の不安」からきているらしい。

台湾有事があった場合、中国や台湾の富裕層が経済がどうなるかわからない中で持てる資産として日本の土地やアート作品が注目を集めていると聞いた。現にせっかく日本で購入した作品を自分で飾ったりもせず、そのまま日本に置いておくなどがあるらしい。しかし一方で、ここ数年あったイラストアートやコミックアートと呼ばれるジャンルはこぞってアジア中の人たちが買い求めたが、結局現代アートの基本となるコンセプトやコンテクストが足りなくて、いざブームが去った後売ろうと思った時にその作品の価値を証明するものがないということ、つまり価値がないということに気がつかれてしまい価値が落ちているということになっていると聞いた。残念すぎるがアートの歴史を知れば、納得もいく。


※ここで書かれてることは僕の多方面での経験(広告イラストレーション、アート個展開催、海外イベント活動、グッズ制作、似顔絵、2つのインスタグラム運営など、)と僕の周りの他ジャンルの絵にまつわる仕事の人たちから聞いた話に基づいてまとめておりますが、飽くまで主観的ですのでご了承くださいませ。