自己分析

僕が一体なんなのか、それは作品を作る上でも鑑賞する上でも必要だと感じるようになりました。そして多くの言葉を知るきっかけを得たので、ここにまとめることにしました。

 ※未完成です。


現実主義者である

ああああ


自意識過剰である

ナルシストということではない。他人から見る自分を気にしすぎている。


謙虚である

どんな人でも自分より優れた部分をもっていると心から思っている。なのでコミュニケーションの根底ではいつも相手に敬意を持って接している。しかしそう見えないケースもある。それはハプニングを好む癖が出てしまった場合である。そしてそれは結構調子がいい時に起こる。


臆病者である


リベラリストである

自由を阻害されることを心底嫌う。しかし何をやってもいいとは思わない。自分自身はルールや法律、秩序やモラルには至って真面目に向き合っているが、それを守らない人がいても弱い人だねと許してあげられる。人は間違う、自分も間違う、あなたも許すし、私のことも許してと思う。しかしそれを非難する人や自由を奪おうとする人への反発はアレルギー的に怒りへとなる。


記憶力がない

あああ


虚弱体質である

あああ


未来←悲観的、制作←楽観的

ああああ


主人公タイプ

自分が目立っている場所にいたいと感じやすい。

スポーツ観戦や音楽ライブの観客として楽しめない。


エモーショナルな生き方を好む

ああああ


下剋上に憧れがある

貴族や育ちがいい人たちは嫌いではない。貧乏や不遇の生い立ちから駆け上がってきた成金に対しては共感はある。貧乏のままでいる人たちには無意識で努力が足りないのではとおもってしまう。


三人兄弟の真ん中的人格

ああ


正しさよりも優しさを優先する

あああ


嗅覚が強、聴覚が弱

あああ


ハプニングを好む

予定調和が実につまらないと感じる。


J-pop音楽を好む

あああ


海外への憧れが強い

あああ



記述主義者である

記述主義: 言葉の「実際の使われ方」をありのままに記述しようとする立場です。言葉の変化は「乱れ」ではなく自然な進化であると捉えます。

特に僕はイラストという言葉に早くから強く矛盾を感じていた。もはや一般的には誰がどう見てもその言葉は漫画・アニメ・ゲーム的なキャラクター中心の絵なはずだが、広告や出版の分野ではなぜか昔の意味のまま使っていることに疑問を感じざるを得ない。イラストはすでにSNSを中心に全世界的に、特にその語源である英語圏においても、日本的な使われ方をしているのに対して、いまだに日本の広告や出版では頼まれて描かれたものにイラストという名前をつけている。それではアーティストが頼まれて描いたものまでイラストになってしまい、それではイラストレーターと勘違いされてしまう恐れをはらむ。アーティストが頼まれて広告なりの絵を描くことは、そのアーティストのスタイルなり心を借りるような行為なので、頼まれて描くとは一線を画すと言って間違いではないはず。


ちなみに逆は、規範主義(守りたい人): 文法や表現の「正しさ」を重視し、あるべき姿を固定しようとする立場です。国家や教育の現場では、共通言語のズレをなくし、誤解を最小限にするために必要とされます。